脳過労が引き起こす症状はこんなに多い…

──『スマホ脳の処方箋』では「脳過労」について大きく取り上げられています。なぜでしょうか?

私はもの忘れに悩む人を対象にした「もの忘れ外来」で診療しています。従来、「もの忘れ外来」はその名称通り、認知症を患った70~80代の高齢者の診療がほとんどでした。ところが、最近では受診される患者さんがどんどん若年化していて、とくに脳過労を原因とした症状に悩まされる30~50代の働き盛りの世代が増えているのです。

30~50代の働き盛り世代の患者さんが訴える症状は、人の名前を思い出せないといった、いわゆる「もの忘れ」だけではありません、腰痛、舌の痛み、めまいなどを訴える方が多くいらっしゃいます。驚かれるかもしれませんが、スマホ依存による脳過労が原因で身体の痛みまでをも引き起こしていることがよくあるのです。

ですが、一般の人は身体の痛みの原因が脳にあるとは考えもしません。この本では脳の疲れによって、身体の痛みが発生しているということを伝えたかったのです。

脳過労によって起きる症状まとめ

脳過労によって起きる心身の不調はこんなにも… / イラスト提供:あさ出版

──「もの忘れ外来」の患者さんの若年化と、スマホの依存による脳過労に関連性があると気づいたのはいつ頃でしょうか?

「もの忘れ外来」に訪れる患者さんが若年化してきたのは、ここ10年ほどぐらいです。

認知症を発症する年齢のひとつのボーダーラインとなるのは65歳といわれています。20年前は「もの忘れ外来」に訪れる65歳以下の患者さんの割合は10%程度でしたが、ここ10年でその割合は50%を占めるほどまでに増えました。65歳以下で認知症になる確率は低い、それなのにもの忘れに悩む患者さんが増えている。この原因を考えたときにぴたりと当てはまったのが、スマホでした。

スマホは最近10年で爆発的に普及しました。朝起きてから夜眠るまで四六時中、スマホに触れているという人は多いでしょう。脳を休めることなく、デジタル機器に接する時間が増えて脳過労になる人が増加。その結果、脳過労を原因としたもの忘れや身体の痛みに悩まされる人が続出していると考えられるのです。

目的のない情報収集癖に注意!

──書籍では、コロナ禍で「サイバー心気症」になる人や「FOMO(fear of missing out)」になる人が増えていると述べられていました。これらの症状は生真面目な日本人の特性が関係しているのでしょうか。

まず、「サイバー心気症」というのは、インターネットやテレビなどから流れる情報が原因で、自分が何かしら重篤な病気にかかっているのではないかと思い悩み、強い不安が生じている状態のことです。倦怠感や疼痛を伴うこともあります。

一方の「FOMO(fear of missing out)」は、情報を見逃したり、周りが知っている情報を自分だけが知らなかったりすることに強い恐怖を覚える心理状態のことです。不安神経症の一種で、症状が深刻化するとうつ病になることもあります。

これらふたつの症状はおっしゃる通り、生真面目な日本人の特性に関係しているといえるでしょう。

というのも、日本人は「空気を読む」という言葉に代表されるように、周りに非常に気を遣う国民です。悪く言えば、人の顔色を気にし過ぎる。それは日本が島国であることに関係していて、ヨーロッパやユーラシア大陸などとは違って、私たちの祖先は狭い社会で生きていくしかなかった。そのため、ルールや協調性を重んじてきたのです。脳は習慣によって、脳の癖が形成されますから、いつしかルールや協調性を重んじるという生真面目な気質が私たちに受け継がれていったのではないかと考えられます。

先の説明からもわかる通り、 「サイバー心気症」と「FOMO(fear of missing out)」の共通点は情報を気にしすぎるということです。これはいわば、ルールや協調性を重んじる日本人気質がために、社会や周りの動向が極端に気になってしまって、起きている症状といえます。

──疲れたときは「心を休めなさい」とよく言われますが、「脳を休めなさい」とは言われません。書籍でも一部紹介されていましたが、脳を休める具体的な方法があれば教えてください。

脳を休めるためには、情報をシャットダウンすることが最適な方法です。

私たちが取り入れる情報はふたつの種類に分けられます。

ひとつは目的がある情報収集です。仕事をするためにネットで情報を検索する。料理のレシピを調べるためにスマホで検索する。こういった目的のある情報収集は、あまり脳を疲れさせません。

一方で危険なのが、目的がないのに情報収集する行為です。代表的なものが、「だらだらスマホ」や「ながらスマホ」ですね。こういったシーンでは脳内のエネルギーが無駄に消費されて、脳に疲労を蓄積させます。

ですから、脳を休めるためには「だらだらスマホ」や「ながらスマホ」はやめましょう。

脳が疲れたなと感じたときは、公園などに行って自然を愛でたり、虫の鳴き声に耳を澄ませたりして五感を刺激してください。そうすることで、セロトニンが活性化して脳の疲れを軽減させることができます。また、最近はやっているサウナに行ってスマホを触らない時間を作るといった行動もおすすめです。熱波に包まれるサウナ室ではスマホは操作できませんからね。

スマホ脳の処方箋の書影

『スマホ脳の処方箋』(あさ出版)

脳過労を防ぐために「デジタルデトックス」を

──奥村先生が実践しているスマホとの付き合い方を教えてください。

私は仕事や考え事をするときは、スマホは机の上に置きません。スマホが手元にあるだけで、連絡通知が気になって脳の疲労を加速させるマルチタスクとなってしまうからです。

また、最近では仕事のメールチェックをスマホでする人が増えていますが、脳疲労の観点ではあまりよい行動とは言えません。私の場合は、1日に数回決めた時間にメールチェックをするようにしています。返信にタイムラグは生じますが、本当にすぐ返信をしなければいけないメールや連絡というのはほとんどないものです。

他には、「ながらスマホ」を防止するために、トイレやお風呂には持ち込まないようにしています。とくにお風呂で湯舟に浸かっている時間は「ぼんやりする」のにぴったりですよね。脳科学的に「ぼんやりする」ことは、脳の神経回路デフォルト・モード・ネットワークを働かせ、それが脳の疲労を軽減させることがわかっています。

──ぼんやりすること(=デフォルト・モード・ネットワークの起動)が脳にとって良いことだというのは、肌感覚で理解している人が多いと思います。その一方でぼんやりすることで、そのときの心配事や不安を繰り返し考えてしまう反芻思考に陥る人もいるかもしれません。“ネガティブなぼんやり”にならないためには何に気をつけるべきでしょうか。

中途半端にぼんやりした状態では、目先の心配事に頭が支配されることは確かにあると思います。ですが、そういった心配事や不安に支配されるのは、デフォルト・モード・ネットワークがちゃんと働いていないからです。そういった場合は、デフォルト・モード・ネットワークを起動させるための“儀式”が必要となります。

たとえば、日常的に取り入れやすいのが、散歩や座禅などの「リズム運動」です。「リズム運動」は脳をリラックスさせて、デフォルト・モード・ネットワークを起動させることが科学的に明らかになっています。上手にデフォルト・モード・ネットワークを起動させれば、反芻思考に陥いることも少ないでしょう。

──他にもスマホとの付き合い方を改善するためのコツがあれば教えてください。

スマホの使用時間を減少させるデジタルデトックスなどの取り組みは、その効果を実感できることが大切です。本人がその効果を実感できなければ長続きしないからです。ただ、一人でデジタルデトックスするのはなかなか難しい面もあるでしょう。

そういった人は日本デジタルデトックス協会さんが開催しているようなオンライン・イベント「スクリーンフリー・サタデー」などの集まりをきっかけにしてもらうのも良いと思います。同じようにスマホ依存に悩んでいる人と話したり、取り組みを共有するだけでもモチベーションは大きく変わるはずです。

インタビュイー

脳神経外科医奥村歩医師の写真

奥村 歩(おくむら あゆみ) 日本認知症学会専門医・指導医。おくむらメモリークリニック理事長。2008年に「おくむらメモリークリニック」を開院。設置した「もの忘れ外来」には全国から多くの人が来院し、これまでに10万人以上の脳を診断。脳神経外科医として認知症やうつ病に関する診察も多く経験し、日本脳神経外科学会(評議員)・日本認知症学会(専門医・指導医)・日本うつ病学会他の学会で活躍している。

インタビュアー

デジタルデトックス・ジャパン理事の森下彰大の写真

森下彰大(もりした しょうだい)一般社団法人日本デジタルデトックス協会理事。デジタルデトックスに関する知識や実践法を体系化した国内初のラーニング・プログラム「デジタルデトックス・アドバイザー養成講座」主宰。ライター・編集者として、アンデシュ・ハンセンら海外の知識人へのインタビューも行う。企業・個人向けイベントや講演活動、デジタルデトックスを取り入れた観光プログラムやワーケーション開発にも取り組む。

 

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